地方債は、地域インフラや公共サービスを支える重要な資金調達手段です。これまで地方債は、巨大な市場でありながら、発行・販売の仕組みは長く固定化されてきました。しかし、制度環境の変化を背景に、デジタル地方債(=地方債セキュリティトークン/地方債ST)という新しい選択肢が見え始めています。小口販売、投資家接点の強化、地域との継続的な関係づくりなど、地方債のあり方を変える可能性を持つデジタル地方債について、その意義と将来像を整理します。
執筆者:大久保 潤(Securitize Japan)
本記事のポイント
- 地方債市場は巨大である一方、発行・販売の仕組みは長らく固定化されてきましたが、制度環境の変化により、デジタル地方債・地方債STという新たな選択肢が見え始めています。
- デジタル地方債・地方債STは、単なる電子化ではなく、地方自治体と投資家の新しい関係をつくる仕組みになりえ、小口販売や投資家接点の強化により、「ふるさとを応援する投資(ふるさと投資)」としての可能性も広がります。
- 他方で、自己募集型で実現するには実務上のハードルもあり、地銀伴走型・銀行販売型が現実的な第一歩と考えられます。
- 将来的には、海外投資家やオンチェーン市場との接続も含め、地域金融を再設計するテーマとして注目されます。
地方債は巨大な市場である一方、発行の仕組みは長く固定化されてきた
地方債は、地域インフラ、防災、交通、上下水道、公共施設、子育て関連施策などを支えるための重要な資金調達手段です。市場規模も大きく、2026年度の地方債計画総額は9兆4,700億円程にのぼります。また、全国型市場公募地方債の発行団体は、発行予定団体を含めて61団体あります。地方債は、日本の地域社会を支える巨大な資本市場の一つといえます。*1 *2
一方で、地方債の発行・販売の実務は、長年にわたり一定のプレイヤー、一定のチャネル、一定の事務フローに依拠してきました。その背景の一つとして、制度上、振替法の適用を受ける地方債以外について、券面を発行しない明確な仕組みがなく、ブロックチェーン等を活用したデジタル地方債の発行が難しかったことがあります。総務省の地方分権改革に関する提案募集でも、現行制度では、いわゆるデジタル債は券面を発行しない債券であるため、地方債については発行できないと整理されていました。*3
デジタル地方債・地方債STを可能にする制度環境の変化
もっとも、この前提はいま変わり始めています。2025年12月の政府方針では、デジタル証券の発行を念頭に、振替法の適用を受ける地方債以外にも、券面を発行しない方式による発行を可能とすることが明記されました。つまり、「(振替債以外の)地方債は紙でなければならない」という前提そのものが、制度上見直され始めているということです。*4
この制度環境の変化は、単に地方債の事務を電子化する話ではありません。券面発行が不要になれば、募集、販売、原簿管理、投資家との接点設計をデジタル前提で再構築しやすくなります。すなわち、デジタル地方債、あるいは地方債STという形で、地方債そのもののあり方を見直す余地が生まれてくるのです。

デジタル地方債・地方債STがもたらす変化
デジタル地方債や地方債STが実現した場合、最も大きな変化の一つは、発行体である地方自治体と投資家との距離が縮まることです。東京都からの地方分権改革に関する提案では、デジタル債によって従来の有価証券と比べて小口での販売が可能となり、さらに地方自治体がリアルタイムに保有投資家情報を把握できることが期待効果として挙げられています。*3
これは、地方債を単なる「売る債券」ではなく、「地域との関係をつくる金融商品」として再設計できる可能性を意味します。これまでの地方債が、どちらかといえば既存の金融実務の延長線上で販売されてきたのに対し、デジタル地方債・地方債STでは、より多様な投資家層に対し、より分かりやすい形で届ける可能性が生まれます。
“ふるさとを応援する投資”としてのデジタル地方債
デジタル地方債・地方債STの面白さは、資金調達手段としての効率化だけにとどまりません。むしろ大きいのは、地方債に新しい体験価値を持たせられる可能性です。
たとえば、地方出身で都市部に暮らしている方の中には、「自分のふるさとを応援したい」という思いを持つ方が少なくありません。その気持ちは、すでにふるさと納税という形で広く可視化されています。デジタル地方債・地方債STは、その感情を寄附ではなく“投資”という形で受け止める可能性があります。預金として眠っている資金の一部を、応援したい地域の地方債に振り向けてもらい、その資金が地域の公共的な用途に活用される。そのうえで、保有者に対して地域の情報発信、イベント案内、名産品、地域ポイント、地域通貨との連携などを組み合わせることができれば、地方債は単なる利回り商品ではなく、地域との継続的な接点を持つ商品へと進化します。
「自分のふるさとの地方債を買う」「届いた名産品を家族で楽しみながらふるさとの話をする」「地域のプロジェクトの進捗を継続的に知る」。そんなユーザー体験を設計できる可能性があることは、デジタル地方債・地方債STの大きな魅力です。(なお、具体的なポイント設計や特典設計については、法務・税務・商品性の観点から個別の整理が必要になります。)

民間STの先行事例は、地方債STのヒントになる
こうした発想を考えるうえで参考になるのが、民間のデジタル証券・STの先行事例です。たとえば当社では、丸井グループによる国内事業会社初の公募自己募集型デジタル社債、PPIH(ドン・キホーテ等の親会社)による自己募集型デジタル社債、クレディセゾンによる日本初のクレジットカード会社による公募自己募集型不動産STといった案件を支援してきました。これらはいずれも、発行体が自社に近い顧客基盤に向けてSTを届け、投資家との接点や体験設計を工夫している事例です。*5 *6 *7
もちろん、地方債と民間STをそのまま同列に論じることはできません。しかし、発行体に近い投資家層に直接届ける、保有者との関係性を継続的に設計するという考え方は、地方債STを構想する際にも十分に示唆的です。デジタル地方債・地方債STは、地方自治体と住民、出身者、関係人口との新しい接点をつくる金融商品になり得るものと我々は考えています。
他方で、自己募集型のデジタル地方債には実務上のハードルもある
もっとも、デジタル地方債・地方債STには理想だけでなく、現実的な論点もあります。特に、地方自治体が自己募集に近い形で実施しようとする場合、投資家のKYC/AMLをどう行うのか、利払・償還事務や税務対応をどう運用するのか、投資家向けの案内や問い合わせ対応をどう設計するのか、といった論点が一気に顕在化します。
また、地方債市場は、プレイヤー、スキーム、業務フローが長年固定化されてきた市場でもあります。そのため、デジタル地方債・地方債STを新しい形で実装するには、プレイヤー集め、新規スキームの整理、役割分担の明確化、実務フローの設計といった“産みの苦しみ”が一定程度発生すると考えられます。
現実的な第一歩は、地銀伴走型のデジタル地方債・地方債ST
こうした中で、現実的な進め方として有力なのが、地銀等の地域金融機関が伴走するデジタル地方債・地方債STです。例えば、埼玉りそな銀行は、全国型市場公募地方債、埼玉県債、さいたま市債等を取り扱っており、地方債のお取扱いは店頭のみと案内しています。つまり、地域金融機関はすでに地方債販売の接点を持っており、その延長線上でデジタル地方債・地方債STの販売や運営支援に関与していくことは十分に現実的です。*8
加えて、当社にも、ソニー銀行が登録金融機関として販売を担ったSTの事例があります。2023年には、ソニー銀行と三井住友信託銀行による本邦初の合同運用指定金銭信託受益権のST化および銀行によるST販売が公表されました。さらに2024年には、その流れを受けて、ソニー銀行、三井住友信託銀行による米ドル建てグリーンファイナンスセキュリティトークンの公募・発行も公表されています。銀行が販売チャネルを担い、発行・管理のデジタル基盤を整備するモデルは、すでに民間STの世界では現実のものとなっています。*9 *10
このモデルであれば、投資家対応や一定の事務対応は地域金融機関が担い、地方自治体は発行体として、資金使途の訴求、地域との関係づくり、保有者向け施策の企画に注力しやすくなります。さらに、デジタル地方債・地方債STであれば、保有者情報や原簿管理のあり方が変わることで、銀行販売でありながら、地方自治体が保有者向けの特典や情報発信を直接行う設計も検討しやすくなります。
そのため、いきなり完全な自己募集型を目指すのではなく、まずは地銀伴走型・地銀販売型のデジタル地方債・地方債STから始め、その後、より自治体主導のモデルへ発展させていく段階的な進め方が、実務的には現実的だと考えられます。

オンチェーン時代の資産として見たときの地方債ST
デジタル地方債・地方債STの将来性は、国内投資家向けの販売高度化だけにとどまりません。地方債協会の公開情報でも、総務省、地方公共団体金融機構、地方債協会等が、海外投資家を拡大するために海外で地方債IRを実施してきたことが示されています。デジタル地方債・地方債STとして発行・管理・開示が標準化されていけば、将来的には海外投資家にとっても参加しやすい商品になっていく可能性があります。*11
さらに中長期的には、デジタル地方債・地方債STが、オンチェーン上で金融資産を保有・運用する投資家のポートフォリオに組み込まれていく未来も考えられます。2026年2月、Uniswap Labsは、Securitizeと連携して、BlackRockのBUIDLをUniswapX経由で取引可能にする仕組みを公表しました。適格性確認済み・ホワイトリスト登録済みの投資家が、BUIDLについてUniswapXのRFQフレームワークを通じて見積取得し、オンチェーンでアトミックに決済できるものとしています*12
現時点で地方債STが直ちに同様の流動性環境に乗るわけではありません。しかし、規制に準拠したトークン化金融商品が、オンチェーンの流動性を前提に機関投資家のポートフォリオに組み込まれ始めていること自体は重要です。将来的にデジタル地方債・地方債STがそうした文脈に加われば、地方債は単なる地域金融商品ではなく、デジタル金融資産として新たな評価軸を持つ可能性があります。

デジタル地方債・地方債STは、地域金融を再設計するテーマ
デジタル地方債・地方債STは、単なるペーパーレス化の話ではありません。発行体と投資家の距離を縮め、販売チャネルを広げ、投資家層を多様化し、地方債を“地域との関係をつくる金融商品”へと進化させる可能性を持っています。
もちろん、制度整備、スキーム設計、事務フローの整理、販売体制の構築など、乗り越えるべき論点は少なくありません。しかし、長年固定化されてきた地方債市場だからこそ、デジタル化が進んだときのインパクトは大きいはずです。デジタル地方債・地方債STは、地方自治体にとっての新しい資金調達手段であると同時に、地域と投資家との新しい関係をつくる金融インフラになり得る。私たちは、そのように考えています。
デジタル地方債・地方債STの検討をお考えの方へ
当社では、デジタル地方債・地方債STに関する構想整理、スキーム比較、関係者整理、販売モデル検討等、構想段階から伴走可能です。デジタル地方債・地方債STの活用をご検討の自治体様、地域金融機関様、関係事業者様は、ぜひこちらよりお問い合わせください。
出典URL
*1 地方公共団体金融機構「令和8年度政府予算案関連事項について」
https://www.jfm.go.jp/news/2025/m5jto5000000050h-att/R8seifuyosanankanren.pdf
*2 一般財団法人 地方債協会「地方債の商品性」
https://www.chihousai.or.jp/02/02.php
*3 内閣府「令和7年 地方分権改革に関する提案募集 提案事項(総務省 第2次回答)」
https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/doc/r07/ka2_07_mic.pdf
*4 内閣府「令和7年の地方からの提案等に関する対応方針」
https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/doc/r07/k_tb_r7_honbun_1.pdf
*5 Securitize「丸井グループによる国内事業会社初の公募自己募集型デジタル債発行でSecuritizeのプラットフォームが活用されました」
https://securitize.co.jp/news-press-releases/press-releases/marui-leveraged-securitize-to-tokenize-corporate-bond/
*6 Securitize「Securitize、PPIHグループによるデジタル社債発行を支援 〜 自己募集でmajica付帯のカード会員向けに販売 〜」
https://securitize.co.jp/news-press-releases/press-releases/securitize_ppih/
*7 Securitize「クレジットカード会社による日本初の不動産セキュリティ・トークン『セゾンのスマート不動産投資』における協業開始について」
https://securitize.co.jp/news-press-releases/press-releases/creditsaison_smart_realestate_investment/
*8 埼玉りそな銀行「個人向け国債・国債・地方債」
https://www.saitamaresona.co.jp/kojin/kokusai/
*9 Securitize「ソニー銀行、三井住友信託銀行による、Securitizeプラットフォームを活用した本邦初の合同運用指定金銭信託受益権セキュリティ・トークンの公募及び発行のお知らせ」
https://securitize.co.jp/news-press-releases/press-releases/sonybank-smtb/
*10 Securitize「本邦初、ソニー銀行、三井住友信託銀行によるSecuritizeプラットフォームを活用した米ドル建てグリーンファイナンスセキュリティトークンの公募および発行のお知らせ」
https://securitize.co.jp/news-press-releases/press-releases/20240305_sony2/
*11 一般財団法人 地方債協会「その他(共同債IR・海外IR)」
https://www.chihousai.or.jp/07/03/
*12 Uniswap Labs「Uniswap Labs and Securitize Partner to Unlock DeFi Liquidity for BlackRock’s BUIDL」
https://blog.uniswap.org/unlocking-defi-liquidity–for-buidl
